南欧州冬紀行 11月28日
朝 5:00 起床。 当然自分で起きる事なんて出来ないのでモーニングコール。 ホテルをチェックアウトし送迎バスで Barajas 空港へ。 搭乗券は昨日発行してもらっていたので 8:10 出発の2時間前に空港に着いたらチョー暇。 それも搭乗口が未定ときたもんだ。 Immigration を抜け、しばし Flight Information のモニタの近くで椅子のある場所に腰掛け一休み。 もっと寝とけばよかった…。
そのうちどんどん人が Immigration を抜け出てくる。 この時期でも結構日本人はいるもので座っている自分の周りには日本人ばかり。 それもおばさん&お姉ちゃん連中。 男は俺一人。 この時期、団体旅行が出来る程皆暇なのか? いいなぁ。
7:00 頃やっと搭乗口が決定。 搭乗ゲートに進み、しばし待つ。 ふと公衆電話に目が行った。 おっ、どっかで見た事があるロゴマークだ! "Telefonica" って書いてある! そうか、ここはスペイン。 Telefonica のお膝元やないか…。 (解説:H9年7月に "Telefonica" 向け PHS インフラの入札作業をやっていたのでありました。)
8:10 Madrid Barajas 空港から IB3100 にて Lisbon へ。 乗り込んだ途端、「何だよこの飛行機!、殆どの席がビジネスクラスじゃねーか!」 後ろの席までビジネスマンがぎっしり。 この便てみんなビジネスクラスなのか? (後で分かった事だがこの便のクラスは CDMLW とあった。エコノミーは予約の時点で満席だったのである。)
約1時間のフライトで 8:20 Lisbon 国際空港到着。 空港から中心街へはバスがあるはず…。 タクシーに乗ると高いんだよね。 ゆー事で空港の Information にバス乗り場が何処にあるか聞かないと…。 Information を見つけたが何人か並んでいたのでしばし順番待ち。 おぉ、会話内容が解る! そう、ここではポルトガル語なのだ! 職場にいるブラジル人からは「発音ト言葉ガ、チョットチガウ。」って聞いていたから心配していたけど、実際聞いてみると全然問題ない。
Informationで教えてもらったバス停は、とても国際空港とは思えない何処にでもあるようなバス停。 心配になり本当にここでいいのかそばにいたオバチャンに聞いてみたら、懇切丁寧に教えてくれた。 やがてバスが来てそれに乗り込み、またまた僕の側にいたオバチャンに「Praca Rossioってあとどの位掛かりますか?」と聞いたら、周りの人まで気が付いてくれて、「Praca Rossioに着いたら教えて上げるよ。」だって。 ("Praca Rossio"とはロシオ広場と言って Lisbon の中心地で Lisbon 市内を走る殆どのバスはここを通る…はずである。) ポルトガルが大好きになっちゃいました。
地球の歩き方からポルトガルについてのイントロダクション。
イベリア半島の片隅に、まるでスペインから間借りしているかのようにひっそりと位置しているのがポルトガルだ。 お隣同士というのにスペインとは何もかも反対。 気候、風土、人情ともすべてにおだやかだ。 その証拠に闘牛の違いがあげられる。 ポルトガルの闘牛は牛が涙を流すので決して殺さないといわれる。 スペインの闘牛のもつ残酷さはここにはない。 "虫も殺さない"というたとえがあるが、ポルトガルには「牛も殺さない」あたたかさがある。
以上はポルトガルのいい面。 ところがものごとには必ず二面あり、この穏健さには積極性のなさ、懐古的でセンチメンタルすぎるという半面もあるわけだ。
ポルトガルには、ファドと呼ばれる庶民的な哀調をたたえた民謡がある。 フランスのシャンソン、アイルランドのバラードとともにこのファドは聴きのがせない。 ギターに合わせて歌うファドをじっくり聴けば、旅愁のなぐさめとなるだろう。 戦後の一時期、日本でも映画の主題歌として入ってきて、ブームとなった。 作家の五木寛之氏もファドシンパのひとり。 そこには、牛も殺さぬ(殺せぬ)やさしさがある。 そのやさしさが日本人の心情に訴えるのかもしれない。
今のポルトガルには、かつて世界史上の海外大発見を成しとげた栄光はみじんもない。 ただ歴史の数ページを飾っているにすぎない。 16世紀はじめ、フランシスコ・ザビエルがキリスト教とともに来日して以来、日本とは長いおつきあいのポルトガル。 ここではゆるやかな時の流れに身をまかせてみよう。 歴史のなかにとり残された古きよきヨーロッパを発見できるかもしれない。
ゆるやかな時の流れに身をまかせてみる暇は無く、さっさと目的地へ。
今日のうちに Lisbon を離れなければいけない悲しいスケジュール。 まず自分の荷物を駅に預け、Madrid までの夜行列車の手配をしなければ! Praca Rossio まで来たのはいいが、駅まで行くバスは何番のバスだろう? 人に聞いても良かったんだけど、駅まではそんなに遠くないからタクシーで駅までとした。
"Estacao de Santa Apolonia" という駅に到着。 ここからはスペインやフランスへの国際列車が発着する所。 早速夜行列車の手配へ。 初めは皆が列車の券を求め並んでいるところに共に並ぶ。 順番がきて「Madrid まで今日の夜行!」と言ったら、「ここじゃない。あっち。」 国際列車は予約窓口が違う様だ。 正規の窓口で「今日の夜の Madrid まで、一等 Gran Clase を一枚。」、「 Gran Clase はもう無いよ。普通の一等ならあるけど。」 残念。 ("Gran Clase" とは、寝台車の中でも結構豪華なやつ。) 「じゃあそれ。」 夜行の手配完了。 スーツケースをコインロッカーに預け、駅を出た。
駅を出てバスに乗るつもりだったのだが、行き先も分からないので取りあえず歩く事にした。 駅の隣はリスボン港。 昔はここから冒険野郎が大西洋に向かって見知らぬ大陸に出て行った様だが、現在その様な面影は全くない。 貨物船が停泊して作業をしているが、どことなく寂れた感じである。
最初の観光ポイントはコメルシオ広場 "Praca do Comercio"。 そこで笑っちゃう様な彫刻群を発見! 人物の彫刻なのだが、見るとみんなぶくぶくに太っている。 こんな彫刻あっていいのだろうか? 芸術にも色々ある様だ。
さっき駅で Madrid までのチケットをキャッシュで購入したので持ち合わせが苦しくなり T/C を両替しに銀行へ。 ところがどの銀行に行っても「うちは Comicao が高いから他に行って!」と言われ、銀行を転々とさせられてしまった。 ようやくたどり着いた本物の両替所でも Comicaoは無茶苦茶高い。 空港で両替した時はそんなに高く無かったのだが…
"Praca Rossio" に戻り、タクシーで"Castelo Sao Jorge"(サンジョルジ城)に行くこととした。 「Castelo Sao Jorge までお願いします。時間でどの位掛かりますか?」と運チャンに尋ねると「5分位かな」だって。 結構近い。 5分位経って、「ここかな?」と尋ねると「ううん、わからんけどここでいいんじゃないの」 おいおい、本当にここでいいのか? アバウトだなぁ。
着いた所は何となく教会風の城。 改めて地図を見て確認すると全然違う。 「やっぱり…」 そこは "Se" と呼ばれる教会。 そーいえばブラジルのサンパウロにも "Se" 修道院って教会があり、"Se" で辞書を見ると「監督・大司教の法座がある大寺院」だそうな。 教会として見れば立派な造りである。 しばし教会の中を見学。 ヨーロッパの教会は何となく雰囲気が良い。
そこから "Castelo Sao Jorge" までは歩いて行った。 城の入り口は何となく日本の城の入り口に似ている。 入り口には重騎兵のレプリカがあり剣と盾を持って立っていた。
Castelo Sao Jorge の入口にて盾には "LISBOA FELIZ CIDADE"「しあわせの街、リスボン」って書いてある。 これも何かのほほんとしててポルトガルらしい。 そして城に入ってみたら、そこの標高が中心街のあたりと比べ高いのでリスボン市街を一望する事が出来た。 飛行機の上からも街の大体の雰囲気をつかむ事が出来たのだが、ここから眺めるリスボンの街は素晴らしい。 昔の戦争の名残であろうか、大砲まである。 城の中に入ってみると情緒たっぷり。
Castelo Sao Jorge の中その辺りをぷらぷら歩いていると、昔あったアニメで「ルパン3世カリオストロの城」を彷彿させる雰囲気がある。 又その城のあちこちにぶら下がっている青と赤の旗には "850 anos Lisboa Cidade" と書いてある。 訳すると「市制850年」である。 リスボン市となってから850年とは恐れ入った。 その頃日本は平安時代であろうか。 とにかく古い街である。
ちょうどお昼となったので、城の隣にある "Bar"(日本にあるバーではなくバールといって、ちょっとしたレストランの事)に行って昼食をとる事にした。 ブラジルにてポルトガル語のメニューに見慣れているので特に違和感は無い。 取りあえず肉。 出てきたものはブラジルで出てくる様なものと全く同じ。 ステーキと目玉焼きに大量のポテトフライ。 まあまあの味。
同じく店に来ていたおっちゃんに声を掛けられる。 "Como vai?"(元気?)とくれば "Tudo bom!"(いいですよ。) 他の人にも "Boa tarde!"(こんにちは) といったら「おい、未だ Bon dia(おはよう)の時間だよ」と言われた。 腕時計と店の時計ををみたら、腕時計がスペイン時間になってる。 そう、ここはスペインと1時間の時差があった。
店を出て再び街へ出た。 余りゆっくりしてはいられず "Cabo da Roca"(ロカ岬)へ向かう為に先程の "Santa Apolonia" 駅ではなく "Cais do Sodore" 駅へ向かった。 この駅からはあのF1ポルトガルGPで有名な Estoril と Cascais に向かう電車の発着駅である。
再びコメルシオ広場 "Praca do Comercio" の前を通り、"Cais do Sodore" 駅に到着。 Cascais までは約30分かかるそうだ。 駅で券を買った後ホームに行こうとするちょうどその時 Cascais 行き電車が発車する時刻だった。 走ったが間に合わず、15分後発車する電車に乗ることとなった。
電車が発車してから途中の景色は素晴らしい。 大西洋の側を走っている。 何か台風の様なものが来たら一発で飲み込まれそうな路線だ。 この辺りは台風の様なものが来ないのかなぁ?
Cascais 駅に到着。 周りは何処にでもあるような駅前ショッピング街とバス乗り場がある。 ここからあのユーラシア大陸の最西端 "Cabo da Roca" へのバスが発着している。 早速バス乗り場まで行ったら "Cabo da Roca" を通る Sintra 行きバスは40分後。 しばし時間までバス乗り場の近くでプラプラする。 Cascais も大西洋を眺望出来る街。 海岸に出ると先程通った Estoril の街が見える。
しばらくすると同じバスに乗る客だろうか、待ちの人が増えてきた。 おばちゃんに声を掛けられ時間を聞かれる。 あと5分位で出発と言う時に Cascais 行きバスが到着。 早速乗り込み一路 "Cabo da Roca" へ。
"Cabo da Roca" 到着。 着いた所は Tourist Information の様な建物の前。 それと軽食あり、土産屋ありの建物もある。 さすが観光の名所だけあって、人もたくさんいる。 でも日本人は全くいない。 ちょっと遠くには灯台も見える。 モニュメントが見えたのでその近くまで行ったら、その先は断崖絶壁で大西洋を広く見渡せる素晴らしい景色! 「これだ!」 モニュメントには "Onde a Terra se Acabae o Mar Comeca"(地の果て、海のはじまるところ)と書いてあった。
Cabo da Roca のモニュメントにてそう、ここがユーラシア大陸の最西端にとなっているはずである。 断崖絶壁の下を見ると大西洋の荒波がものすごい勢いで打ちつけている。 あぁ、絶景かな…。
ちょうどドラマのロケであろうか、警備員とカメラマンとスタッフと俳優さんがいて撮影をしていた。 (上の写真はその撮影スタッフに頼んで写してもらったもの) スタッフはその俳優さんに "Renato!!"(ヘナト!)と叫んでいる。 あれ、この発音はブラジル人だ! その俳優さんもどっかで見たことがある。 そう、ブラジルでやっていたドラマに出ていて結構有名な人のはず。 ミーハーになってサインもらえば良かった……。
そのロケが終わりロケ隊が帰って行った後は私も軽食堂にてしばし休憩。 とにかく大西洋に日が沈む瞬間を見に来ているのでしばしコーヒーを飲みながら一服して時間つぶしをしなければ。 さっきから時差ボケで結構眠い。 軽食堂にてカフェオレを頼み、しばし日の入りまでボケーっとした。
そろそろ日の入りも近くなった時モニュメントに戻ると日本人の野郎が2人いる。 早速「ユーラシア大陸の一番西にいるのは私だぁー」写真を頼む。
ユーラシア大陸の最西端の地何かユーラシア大陸を制覇した様ないい気分。 その後写してもらったその日本人としばし話し込む。 一人は会社をやめて新しい会社に移る間を使い旅行していると。 もう一人は学生の様だ。 この "Cabo da Roca" を見に来た目的は大西洋に沈む太陽を見に来たとのことなので同じ様である。
3人で大西洋の日の入りを確認した後、さっき行った軽食堂で歓談する。 日の入り後にも関わらず、観光バスから日本人の団体客が大挙して出てきた。 日の入り後だというのにタイミングが悪い連中だなぁ。 3人して団体客を珍しげに観察する。 眠いので他の2人との話は上の空になってきた。 せっかくここで会ったんだからと言うことで、Lisbon 市街までの帰りも一緒となる。
帰りのバスを待っている間 Tourist Information でプラプラしていたら、ここで "Certificado" 最西端到達証明書なるものを有料で発行してくれるとの事が判明。 800 Esc(エスクード:1 Esc=0.75 円)と 500 Esc の2種類があり、ここは奮発して 800 Esc の方を選んだ。 発行してくれた証明書は結構立派に仕上がっている。(見たい方は本人に依頼して下さい。)
帰りのバスに乗り込み再び Cascais へ。 Cascais の駅で公衆トイレに入ったが、やはり日本と同じで下世話な落書きが……。 Cascais からまた同じ電車で Lisbon へ。
夜になり3人とも腹がへったので、"Cais do Sodore" 駅の所の近くで飯を共にする。 本当はポルトガル料理と言われる物を食べたいのだが MacDonald の看板が目に付いてしまい、3人とも異存無しとの事で MacDonald へ。 看板を見た限りにおいては近いイメージがあったのにも関わらず、案内があった方向に歩いてもなかなか到着しない。 通行人に聞いてみると「知らない」「もっと先」の答えが返ってくる。 "Cais do Sodore" 駅から登り坂歩きが10分以上続きもう疲れた。 殆ど頂上みたいな所で2人に「若い連中に聞けば分かるかも知れませんね」といい、近くにいたにいちゃんに「McDonald ってどこ?」と聞いたら「ここだよ」だって。 目の前だった。 日本の McDonald と違い遠くから分かる様になっていない造りになっている。 街の景観を損ねない様にするためのものであろうか?
メニューは殆ど日本と同じなので安心。 Big Mac セットを頼んだ。 世界中同じ味である。
3人でしばらく歓談。 話の内容はあまり詳しいところまで覚えていないが、周りに日本語を解るような人がいなかった様なので無茶苦茶な下ネタへ走る。 男同士だといつもそうなる。 大きな声で下ネタを話しても周りが気づかないのがミソ。
Madrid までの夜行列車の出発時間もそろそろ近づいてきた。 McDonald の近くから市電が出ており、それを使って一気に坂を駆け下りる事とする。 その坂の下から "Santa Apolonia" 駅までのバスが出ているとの事。 その乗り場で中学生位の子供達もその市電に乗る為に待っていたのだが、まだ20歳前なのにタバコを吸っている。 私もタバコを吸っていたが、未だそのタバコを吸いかけの時市電の出発時間が来たので子供達にその吸いかけをあげたら結構喜んでいた。 私たち3人はお金を払って乗り込んだが、その子供達は出発直前にすっと乗り込み無賃乗車。 それもタバコをふかしながら。 乗務員も見て見ぬ振りをしている。 んん、乱れてるなぁ。
市電の終点で他の2人と記念撮影、及び住所と連絡先の交換をした後お別れ。
バスにて "Santa Apolonia" 駅に到着。 コインロッカーに行きスーツケースを取り出す。 列車が来るまで待合コーナーで夜行を待っていたら日本人も結構たくさんその夜行に乗る様で、待合コーナーには待っている人のうち半分位日本人となった。
Madrid まで行く夜行列車がホームに到着。 客車はポルトガル国鉄(CP)のものでは無く、スペイン国鉄(RENFE)のもの。 その客車の愛称を Talgo と呼ぶそうな。 その Talgo というのがくせ者で線路の幅が違う各国の国鉄を走っていて、なんと走っている間に車輪の幅を調節出来るという優れもの。 と言うよりは各国の線路の幅が統一されていないのがその様な客車を生んでしまったと言うのが正しいかな? 一晩御世話になるその寝台車の中はすこぶる快適。 日本の個室寝台車と装備は大体同じなんだけど、それよりベッドの大きさがちょっと広い。 洗面台、歯磨きセット、タオル、ハンガー等いろいろ付いている。 動くホテルですな。
発車してからというもの自分の部屋が車輪に近いという事があってポイントのところやカーブになると「ガガガガ」とうるさく、あまり良く眠れない。 でも時差の関係からすこぶる眠いので、ある程度我慢すれば自然に落ちていくであろう。 Zzzzz。 ポルトガルの一日が終了。
イントロダクション 11月27日 11月28日 11月29日 11月30日 12月 1日 12月 2日 12月 3日 12月 4日 12月 5日 12月 6日 12月 7日