
| 週刊芸能ニュース 元ネタ=新聞・雑誌等の要約・抄訳です。 誤訳・誤報の可能性もあります。気がつかれた方はご指摘いただければ幸いです。 新聞略記号:[LD]=Lao Dong,[VH]=Van Hoa,[TT&VH]=The Thao & Van Hoa,[TT]=Tuoi Tre,[TTCN]=Tuoi Tre Chu Nhat,[TN]=Thanh Nien,[SGGP]=Sai Gon Giai Phong,[SGTB]=Sai Gon Giai Phong Thu Bay,[TP]=Tien Phong,[NLD]=Nguoi Lao Dong,[SGTT]=Sai Gon Tiep Thi,[VHNT]=Van Hoa Nghe Thuat,[DAKT]=Dien Anh Kich Truong |
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2004/4/25-5/1 | |||
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| ●歌手 Quang Dung のインタビュー[4/27;TN] 流通が禁じられている歌曲のCDを出す、非営利目的のプログラムでも法外なギャラを要求する、若手歌手との共演を拒否する等々、このところ歌手 Quang Dung に批判・非難が集中している。真相を本人が語った。 Q:世論はあなたがお金に目がくらんでいるようだ、と評しています。 A:1998年にサイゴンに出てきたとき、自分は抒情歌曲を歌うことに決めました。当時、ランドン音楽センターからレコーディングの話がありました。後で分かったことですが、このとき歌った歌曲の一部に国内流通禁止の曲がありました。僕は歌手で自分に合った曲があれば歌う、一方CDのプロデュースはセンター側に任せればいいと思っていました。2000年に作詞・作曲家の Dieu Huong (訳注:反越的態度をとっている越僑作曲家として、同氏の歌曲は国内流通禁止の対象になっている)に会い、彼女の歌曲4曲をCD「Bien nghin thu o lai」(訳注:Quang Dung のファースト・ソロ・アルバム)に収録することに決め、ベンタイン・オーディオ・ビデオ社にCD発行手続きを任せました。自分が有名な国営企業(ベンタイン・オーディオ・ビデオ社)をだませるなんて思ってもみませんし、自分の歌声を紹介する以外の目的はありませんでした。後になって、Dieu Huong の歌曲が流通禁止だと分かってからは、レコーディングしていません。この事件で、僕はHCM市文化情報局に自分の誤りを認める始末書を送りました。それ以来、出処のはっきり分からない歌曲はレコーディングしないようにしています。 Q:「スター病」と言われているあなたの行動については、どう説明しますか? A:仕事に負われていることと、僕の対処の仕方がうまくないので誤解されたのだと思います。音楽カフェ2Bの件(訳注:新人歌手 Quach Thanh Danh が同日に同じ店でライブを行なうと分かって、Quang Dung が出演を拒否した事件)は、店側が最初の合意どおりに実施しないので、ライブの日を替えるよう申し入れました。しかし店側は公演日の決定権は店側にあると主張したので、仲違いすることになりました。一方、ベトナム音楽協会の要請による歌曲のレコーディングに高額のギャラを要求したという件ですが、HTプロダクションの社長からこの話があったため、非営利目的だとは分かりませんでした。音楽協会の仕事の場合は、いつもなら公文書か直接話が僕のところにきていましたから。それにこれまで協会主催のチャリティショーにも僕は参加しています。こうした事件が起きたことは、僕としてはとても残念です。 Q:あなたは世論をどんなふうに受け止めていますか? A:一番心配しているのは、人々の持つ僕のイメージが、もう以前のようではなくなってしまったことです。僕は今とても戸惑っています。ステージに立っても前のような自信は持てなくなりました。 Q:今、一番言いたいことは何ですか? A:僕の至らないところはどうか許してください。そして、僕に関するニュースを耳にしたときは平静に受け止めてください。 |
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| 2004/4/18-4/24 | ||||
| ●歌曲独占権の売買について[4/18;TN] 歌曲独占権の売買は、今ではベトナムの歌手や作詞・作曲家(以下、「作曲家」と略)にとっても珍しい話ではなくなった。一部の作曲家は、歌曲の売買は音楽業界でプロと認められるために必要だと言う。一方、問題はどの歌手が歌うかで独占権の売買に重きをおかない作曲家もいる。 20人ほどの若手作曲家と歌手に意見を聞いた結果、80%の作曲家は歌曲独占権は歌手にとって必要だと答えた。残りの20%は自分の歌曲の“自由”を望んでいる。「一人の歌手に独占を許して、もしその歌手がうまく歌えなければ、その歌の命運はつきたも同然だ」。これは作曲家 Nguyen Nhat Huy の意見だが、実際は彼自身、多くの独占権歌曲を歌手に提供している。Nguyen Nhat Huy といえば、歌手 Cam Ly の名が浮かぶ。Nguyen Nhat Huy はこう語る。「作曲し始めたときには、まだ彼女のことを知りませんでした。彼女が♪Dem co donや♪Nguoi ve cuoi phoなどを歌うのを聞いて、自分の歌曲と彼女の声が合うことに気付きました」。以後、彼は彼女の声質を意識して作曲を行い、これまでに Cam Ly が歌った彼の独占権歌曲は15曲以上に及んでいる。Cam Ly は「独占権歌曲は歌手やCD制作会社が力を入れるので成功しやすいと思います。でも両刃の剣であることもまた確かです」と話す。 歌手 My Tam はこれまで独占権歌曲を歌ったことがない。彼女は作曲家 Quoc An の歌曲を多く歌っているが、歌曲を歌手に贈るのも友情の範囲内なのだという。彼女は他にも Le Quang、Quoc Bao、Tran Huan などの作曲家たちから歌曲を贈られている。多くの人はこれらが独占権歌曲だと思っているが、My Tam は「独占権歌曲を持ったことはまだありません。いく人かの作曲家が私のために歌を書いて贈ってくれました。私にとってはとても幸せです。今後は、独占権歌曲を歌うこともあると思います」と述べている。 |
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| 2004/4/11-4/17 | ||||
| ●Le Dan監督、映画『チン・コン・ソン−生と愛』について語る[4/15;VH&NT] Le Dan 監督は現在、映画『チン・コン・ソン−生と愛』の脚本を自ら執筆している。 Q:この映画を制作しようと考えたのはいつからですか? A:2001年4月1日に彼が亡くなって葬式に出席したとき、彼についての映画を作らないといけないと思いました。我々はともに芸術家であり、一緒に仕事をしたこともあります。 Q:天才的芸術家の生涯を映画にするのは簡単ではないと思いますが、ソン氏のどの面にスポットをあてるつもりですか? A:ソン氏について語るのであれば、彼が愛情・運命・故郷の音楽家であることを抜かすわけにいきません。私は、サイゴン解放前と解放後の2つの時期に関心を向けています。映画はフィクションですが、ドキュメント要素の濃いものになるでしょう。 Q:映画の題名は「生と愛」になっていて、ソン氏にとってもっとも重要な要素である「音楽」ではありませんね。 A:人は生きる環境から切り離すことはできません。ソン氏にとって、生きる環境とは愛情です。彼の愛情はロマンチックかつ高貴で、自分ではなく愛する人のことのみ思うものです。それゆえ彼の歌は、過ぎ去った愛を惜しむときも怒りや絶望はありません。ソン氏の愛情は単に男女の愛だけではなく、家族、友人、老人、赤ん坊、人類への愛情をも含んでいます。映画の中の音楽は彼の代表的作品を使用する予定です。 Q:愛について語るのであるとすると、ソン氏の生涯の中のどの女性について言及するのでしょうか? A:彼の創作に影響を与えた人たちです。Diem、Khanh Ly、Hong Nhung、日本人女性Mさん、実妹のTrinh Vinh Trinhなどです。私は彼女たちが自分の役としてこの映画に参加してくれることを望んでいます。 Q:どの映画社の制作によるものですか? また完成はいつ頃になりますか? A:私と友人たちはこの4月に私企業の Tan Huu Nghi 映画社を設立しました。この映画の総費用は約50億VND、クランクインは今年の7月、上映開始は来年のソン氏の命日を予定しています。 |
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| 2004/4/4-4/10 | ||||
| ●外国曲コピー疑惑騒動 「Tinh thoi xot xa」が発端[4/5-10;各紙] ◎発端 ベトナムの中堅作詞・作曲家 Bao Chan 氏の作品 Tinh thoi xot xa が、日本人作曲家の松居慶子氏の作品 Frontier と酷似していると、ベトナムの音楽関連サイトで話題になり、一般紙もこの問題を大きく取り上げだした。 ◎経過 Tinh thoi xot xa は、1990年代後半に女性歌手 Hong Nhung と男性歌手 Lam Truong がそれぞれ別に歌ってヒットさせた。このとき既にこの曲が日本の曲のコピーではないかとの声があったが、当時日本の曲を聴くことのできる人は限られており、音楽業界で話題になっただけだった。 Frontier は1992年前半に発売された松居慶子氏のインストゥルメンタルCD『Cherry Blossom』に収録されている。松居氏はジャズピアニスト兼作曲家で、1987年からこれまでに約20枚のアルバムを発行している。 Bao Chan氏はインタビューに対し「日本のメロディーを借用したことはありません。メロディーが似ることはよくある話です。私が Tinh thoi xot xa を作ったのは1980年代ですが、世に知られる機会はありませんでした。1997年になってようやく歌手 Lam Truong が歌って知られるようになりました。私は日本側が私のメロディーを使ったとは思いませんし、私が彼らの影響を受けたこともありません」と答えた。しかし、彼は自分の言葉を証明する証拠を何も示すことができずにいる。 ◎反応 松居慶子氏の夫で音楽プロデューサーの松居カズ氏は、ベトナムの一部報道機関にこの問題に関してメール(原文は英語)を送った。主な内容は次のとおり。 「Tinh thoi xot xa を聴いたとき私はショックを受けました。2曲は瓜二つであると言わざるを得ません。私たちは、Bao Chan 氏がメロディーをコピーしたと言うことができます。彼が日本からの影響は受けていないと言うのは理解できることです。この曲は当初、TVゲーム「スーパーマリオブラザーズ」用に英語の歌詞をつけて録音されました。Bao Chan 氏は本当のことを言うべきです」 ◎広がり 上記事件をきっかけに、外国曲コピー疑惑の曲が次々と指摘されている。それに対して、作詞・作曲家側も、根拠もあいまいなまま疑惑と報道されることに反論している。ある作曲家は訴訟も辞さないと発表した。この騒動は、他の作詞・作曲家、作詞・作曲家協会、著作権管理当局も巻き込んで広がりを見せている。 <コメント>Bao Chan は好きな作詞・作曲家の一人なので、こういう疑惑は実に残念です。しかもいまだに証拠を示せないでいる・・・。仮に彼がコピーしたのだとしても、日本とベトナムは著作権に関する条約を結んでいないので、裁判に訴えても日本側の勝ち目はないだろうということです。ベトナム歌謡を応援してきた者としては、こういう事件は悲しい限りです。 |
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| 2004/3/28-4/3 | ||||
| ●歌手 Thanh Lam & Ha Tran、カップリングアルバムを発売[4/3;TT] 歌手 Thanh Lam の初めてのライブショー(1997年12月)ではバックコーラスを務めていた歌手 Tran Thu Ha(愛称 Ha Tran)が、先輩と同格の歌手として、Thanh Lam とのカップリングアルバムに参加した。収録曲は、有名な作詞・作曲家 Trinh Cong Son やQuoc Bao の作品の他、デンマーク人の作曲家兼ピアニストの Niel Lan Doky が Thanh Lam のために作った曲が2曲ある。また、Thanh Lam 自身が作詞・作曲した曲、父親である作詞・作曲家 Thuan Yen とともに作った曲なども収録されている。 | ||||
| 2004/3/21-3/27 | ||||
| ●歌手 Lam Truong のインタビュー[3/26;TT] タイのパタヤ音楽祭に参加し、3月24日に帰国した歌手 Lam Truong へのインタビュー。 Q:何かニュースはありますか? A:タイの音楽産業最大手のGMM社と仮合意をしてきました。内容はGMM社が僕のCDとビデオクリップを生産して、ベトナム・タイ・日本の市場で販売するというものです。 Q:パタヤ音楽祭の印象は? A:今回で3回目と歴史は浅いですが、タイで毎年開かれる国際音楽祭としては最大です。今年は3日間行なわれました。ポップ・ロック、ヒップホップ、ジャズと3つのステージがあって、僕はヒップホップのステージに出演しました。 Q:東南アジア諸国での公演や協力は今後も続きますか? A:地域各国の音楽との交流・接触は、僕だけではなく、ベトナムのすべてのアーティストにとって名誉なことだと思います。GMM社のアルバム制作予定表には、My Tam や Thanh Thao をはじめとする多くのベトナム人歌手の名前がありました。彼らはベトナムの歌手との協力にとても関心を持っています。 |
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| 2004/3/14-3/20 | ||||
| ●2003年ベトナム映画協会賞発表[3/20;TN] 3月19日夜ハノイの越ソ友好文化会館で、2003年ベトナム映画協会賞の授賞式が行われた。主な受賞作品は以下のとおり。 §映画部門 ・金賞:『Nguoi dan ba mong du(夢遊病の女)』<監督:Nguyen Thanh Van> ・銀賞:『Tro dua cua Thien Loi(雷様のいたずら)』<監督:Nguyen Quang> ・特別賞:『Nguyen Ai Quoc o Hong Kong(香港のグエン・アイ・クオック)』(中国との共同制作)<監督:Nguyen Khac Loi & Vien The Ky> §長編テレビドラマ部門 ・金賞:該当作なし。 ・銀賞:『Huong nghiep(就職)』<演出:Chau Hue> §短編テレビドラマ部門 ・金賞:該当作なし。 ・銀賞:『Nhung canh hoa mong manh(はかない花びら)』<演出:Vu Minh Tri> 『Hai Au(カモメ)』<演出:Le Bao Trung> ●歌手 Ngo Thanh Van がMTV Asiaのドラマに出演[3/16;TT&VH] 歌手の Ngo Thanh Van は先頃、約400人の候補者の中からMTV Asiaの音楽活劇ドラマ『Rouge』の主役の一人に選ばれた。ドラマの中で、Thanh Vanはタイ、シンガポール、フィリピンの3人の女性とともに女性バンドRougeのメンバーを演じドラムスを担当する。バンドメンバーは音楽活動をしていない時には、悪を懲らしめるという設定で、武術も披露する。ドラマの撮影はアジアの複数国で行なわれ、ベトナムではダナンで行なわれる予定。放映はMTV Asiaで年末になる見込み。 |
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| 2004/3/7-3/13 | ||||
| ●若手男性歌手 Quach Thanh Danh のCDジャケット回収とその後[3/10;TN] 3月初旬に発売された若手男性歌手 Quach Thanh Danh のCDはジャケット問題(ジャケット裏面に、ブリーフの上部を露出した写真が掲載された)で注目された。ホーチミン市文化情報局は、直ちにCD発行元のVAFACO社に対しジャケットを回収するよう命ずるとともに、新聞紙上に謝罪文を掲載するよう求めた。 しかし、話はここで終わらない。3月6日に青年文化会館で予定されていた同歌手のライブショーは、会館側から何の理由も示されることなく中止を求められた。市内の音楽カフェバーでもあえて彼のライブを行なおうというところはない。どうやら彼の知らない間に「上演禁止措置」が取られているようだ。 もちろん彼にもそんな写真を撮らせることに同意したという落ち度はある。しかしCDの発行責任者はCD会社であり、すでに回収も済ませているのに、歌手の道を歩き始めたばかりの1人の若者をこのようなやり方で処置していいのだろうか? <コメント>下着のパンツを見せるのは風紀・良俗に反するというのですが、腰の浅いジーンズやパンツが流行っている今、街中にはそんな人がいっぱいいますけどね・・・。ま、男のパンツなど見たくないのでいいんですが。 |
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| 2004/2/29-3/6 | ||||
| ●My Linh、アメリカでレコーディングへ[3/4;TT] 歌手 My Linh は先頃、1年以上待たされた後ようやくアメリカのワーキングビザを取得することができた。今年5月にアメリカに渡り、8月に帰国する予定だ。 Q:アメリカ行きがなぜこんなに遅れたのですか? A:手続きに時間がかかりました。去年の8月に行く予定だったのですが、今ようやく入国ビザが取れました。私は旅行の形で行くのではなく、合法的にアメリカで仕事をしたかったんです。 Q:契約したのはどの会社ですか? A:ブルー・タイガー・レコード社です。でも親会社のPacific Crem Enterpriseが手続き面の面倒をみてくれています。 Q:アメリカで何をするのですか? A:カリフォルニア州に2か月滞在して10曲レコーディングします。 Q:レコーディングする曲についてもう少し詳しく教えてくれますか? A:彼らがどの曲を選ぶかまだ分かりません。アメリカの曲にベトナム語の歌詞をつけた曲と♪Lang nghe mua xuan veの2曲を除いて、残りは英語で歌います。 |
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| 2004/2/22-2/28 | ||||
| ●歌手 Ho Quynh Huong のインタビュー[2/23;TP] 歌手 Ho Quynh Huong は先頃初めてのCDアルバム「Vao doi」を市場に送り出した。収録曲12曲はすべて作詞・作曲家 Ha Dung の作品。彼女は現在ベトナム軽音楽劇場所属の歌手であると同時に、Ha Dung芸能社にも籍を置いている。 Q:CD「Vao doi」については、Ha Dung氏が自分の作品を歌うようあなたに強制したという噂がありますが? A:噂があることは知っています。でも実際は私の方がDung氏の曲の中に自分を見出したのです。誰も私が嫌いなことを強制することはできません。 Q:それだけ息が合うと、あなたは他の歌を歌いづらくなりませんか? A:Dung氏はいつも私が自分で決めたことを尊重し、私に多くのチャンスを生かすよう勧めてくれています。2枚目のアルバムでは他の作詞・作曲家の作品を歌います。 Q:その2枚目のアルバムについて、少し紹介してください。 A:若手作詞・作曲家の Duc Tri がアルバム作りに参加してくれます。今6曲まで曲を選んだところです。恋愛・学生・若者がアルバムのテーマです。 Q:主な大学でライブショーをしたそうですが、その感想は? A:CD「Vao doi」の曲は大衆受けしないと言われていましたが、学生さんたちは受け入れてくれました。学生向けの音楽分野はまだ開拓の余地が十分あると思います。 |
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| 2004/2/15-2/21 | ||||
| ●ハノイに名画上映の映画館シネマテークが誕生[2/20;TT&VH] 今年1月、ハノイ(22A Hai Ba Trung)に世界の往年の名画を上映する映画館シネマテークが誕生した。ハノイ映画協会とシンガポールのディスカバリー・コミュニケーションPTE(DC)社の協力によって実現した。同映画館の座席数は89席と少ないが、最新のシステムを導入、ベトナム語吹き替え音声を無線式のヘッドフォンで聴くことができる。現在、英語字幕付きの300本の映画の上映権を所有している。以下はハノイ映画協会のDan Thiet Thu書記長のインタビュー。 Q:外国の映画関係者を招いて映画について語ってもらう計画があるそうですが? A:帳芸謀監督やオリバー・ストーン監督などを招いて、彼らの考えや経験について話してもらう予定だ。ベトナムの映画関係者や学生がここで彼らと交流することで、ベトナム映画に新しい風を吹き込んでもらいたい。 Q:DC PTE社は既にベトナム映画を外国に販売する活動を行っているそうですね? A:ベトナム映画を外国に売ろうと思ったら、内容的にも技術的にも質の高いものにする必要がある。DC社はベトナム映画の映像と音声の品質向上作業をタイまたはシンガポールで1本当たり3万ドルかけて行なっている。これまでに「Dat phuong Nam(南方の地:テレビドラマ)」「Ganh xiec rong」「Thuong nho dong que」「Bao gio cho den thang muoi(十月になれば)」が終了し、現在は別の6本について作業中だ。これらの映画はシネマテークで順次上映する予定だ。 |
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| 2004/2/8-2/14 | ||||
| ●Bang Kieu、祖国に背を向けて活動[2/13;TT&VH] 歌手 Bang Kieu は2002年9月に越僑歌手 Trizzie Phuong Trinh と結婚し、現在はアメリカの南カリフォルニアに居住している。同地のショーに出演するようになると、その歌声を高く評価されると同時に、一部の過激分子の反対デモにもあった。しかし彼はその後、祖国との「断絶」を証明し、「自由の地で越僑社会に溶け込む」ために、態度を大きく変化させた。 2003年9月、Bang Kieu はフィリピンで行なわれた「反共難民ベトナム人社会」のためのショーに越僑歌手の一員として参加。2004年1月にはカナダのトロントで行われたショーに出演し、ベトナム共和国(南ベトナム)時代の国旗と花束を受け取った。さらに同年1月9日に海外の放送局のラジオ番組の中で、「自分はアメリカを故郷として選択した。ベトナムに帰るのは母親を訪ねるためだけだ」と発言した。そんな中で、1月にはベトナム国内で彼の最新アルバム「Anh se nho mai」が発売されている。 <コメント>いずれ Bang Kieu は国内での上演活動禁止、CD発売禁止になってしまうのか? まだ結論は出ていないようです(3月8日現在)が、いずれにしても残念な話です。結婚後、しばらくはサイゴンでカフェや音楽カフェバーを経営していたのに、経営がうまくいかなかったのか、短期間で閉じてしまいました。それからアメリカに渡ったことを考えると、借金でも抱えていたのかなどと思ったりします。 |
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| 2004/2/1-2/7 | ||||
| ●現代ベトナム短編集がアメリカの良書リストに掲載[2/6;TT&VH] アメリカのサンフランシスコ・クロニクル紙は先頃、2003年の良書100冊のリストを発表した。英語に翻訳されて出版された現代ベトナム短編集『Tinh yeu sau chien tranh(Love After War)』はその1冊に選ばれた。『Love after war』は多くの世代に属するベトナムの代表的作家の作品を50編集めたもので、ページ数は約650ページ。英語で出版されたベトナム現代小説集としては、最大規模のものと評価されている。 |
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| 2004/1/25-1/31 | ||||
| ●My Tam、ペプシ・ベトナム社の専属歌手に[1/27;TN] 歌手 My Tam は1月20日、ペプシ・ベトナム社と同社の専属歌手になる契約を交わした。契約書によると、2004年1月末から翌年の1月末まで、My Tam はペプシの清涼飲料水分野における専属宣伝歌手になる。彼女は1月26日にロンドンで行われる特別パーティに、他の4人のペプシ・インターナショナル専属宣伝歌手(Britney Spears、Enrique Iglesias、Pink、Beyonce)とともに参加する。 |
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| 2004/1/18-1/24 | ||||
| ●若手作詞作曲家たちの将来に期待する(作詞作曲家
Duong Thu)[テト版;SGTT] 若手の作詞作曲家たち、特に外国留学または外国で暮らした後帰国した彼らは、あまりに西洋化し過ぎていると批判される。たとえば Anh Quan やHuy Tuan はその代表例だ。この場合、二つの可能性がある。一つは彼らが単なる作詞作曲家になる可能性。チャイコフスキー音楽院で6年間勉強し、ドイツで7年間音楽活動を行って音楽の見識は十分にある。国に帰って仕事をするうえでは何の問題もないだろう。二つ目は、彼らがベトナムの作詞作曲家としての道を歩む可能性だ。この場合、ベトナムの伝統音楽にも価値を見出し、ベトナム人としてのアイデンティティを意識して生きる必要がある。私は彼らが帰国直後に一緒に仕事をしたから、彼らの才能をよく知っているし、彼らには二番目の可能性があると信じることができる。それはこの二人に限らず、オーストラリアにいる Vu Quang Trung、ニュージーランドの Viet Anh、アメリカの Duc Tri、ドイツの Kim Ngoc、その他何十人という留学生にも言えることだ。 Quoc Trung は特別な例だ。音楽院で学んでいたときから西洋のロックやジャズを愛し、ブルガリアで研修した経験がある。当初は彼も西洋化し過ぎていると批判されていたが、歌手 Hong Nhung や Thanh Lam に提供する作品を通して、西洋の借り物とはおさらばしベトナムの作詞作曲家としての独自性を築きつつある。Ngoc Chau の場合は少し異なる。音楽院を卒業するときに♪Thi tham mua xuan と♪Chieu xuan の2曲を発表してベトナム歌謡新世代の姿を現したが、その後沈黙してしまった。Le Minh Son はフラメンコギターの奏者かつハノイ芸術専門学校ギター学科の教員だ。西洋的かと想像させるが、実際は考え方や歌の作り方が実にベトナム的である。 私は彼らの歌を聞きたいし、できれば彼らとともに仕事をしたいと思う。彼らはいずれ我々にはまだ想像できないベトナム歌謡を生み出すことができるだろう。 |
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| 2004/1/11-1/17 | ||||
●今年は Ho Ngoc Ha ブレイクの年になるか?[1/13;TT&VH]
これまで一流歌手(My Linh、Hong Nhung、Thu Phuong など)に楽曲を提供している作詞作曲家 Huy Tuan は、彼女の歌手としての素質についてこう語っている。「音楽カフェバーで偶然彼女の歌を聞いたとき、彼女がモデルだという紹介を聞いて驚きました。彼女の通常の声域は低いですが、かなりの高音域まで歌うことができます。彼女は歌手としての十分な素質を持っています」。 <コメント>彼女だったらモデルとしても世界のスーパーモデルの仲間入りできるぐらいの魅力があると思います。人を惹きつけるオーラを発しています。その低い歌声にも独特のものがあって一度聞いたら耳に残る声です。既にテレビドラマでは演技経験があり、女優としてもやっていけるだろうと思います。まだ若干20歳、この先の活躍が大いに楽しみです。 |
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| 2004/1/4-1/10 | ||||
| ●作詞作曲家の故 Trinh Cong Son 氏に世界平和音楽賞[1/6;TN] 第2回世界平和音楽賞(World Peace Music Awards - WPMA)の授賞式が今年6月にベトナムで開催される予定だ。チン・コン・ソン(Trinh Cong Son)氏はベトナム人として初めて、また故人の作詞作曲家として初めて同賞を授賞した。今回のWPMA賞はソン氏のほか、Joe McDonald、Bob Dylan、Harry Balafonte、Joan Baez、Peter,Paul & Mary の6氏・グループに贈られる。授賞式は世界に生中継放送される予定で、30か国から有名歌手・芸能人らが出席する。 |
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| 2003/12/28-2004/1/3 | ||||
| ●2003年ベストドレッサー各賞発表[雑誌『Mot Viet Nam』1月号] 雑誌『Mot Viet Nam(モード)』は2003年12月26日、有名デザイナー、ファッション専門記者などの参加を得て、2003年のベストドレッサー各賞とモデルTOP5の選考会を行い、各賞受賞者を次のとおり決定した。 ・ベストオリジナルスタイル(Phong cach)賞:Quang
Minh(VTV1ニュースアナウンサー)
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