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今夜の番組チェック

週刊芸能ニュース
元ネタ=新聞・雑誌等の要約・抄訳です。
誤訳・誤報の可能性もあります。気がつかれた方はご指摘いただければ幸いです。

新聞略記号:[LD]=Lao Dong,[VH]=Van Hoa,[TT&VH]=The Thao & Van Hoa,[TT]=Tuoi Tre,[TTCN]=Tuoi Tre Chu Nhat,[TN]=Thanh Nien,[TTCT]=Thanh Nien Cuoi Tuan,[SGGP]=Sai Gon Giai Phong,[SGTB]=Sai Gon Giai Phong Thu Bay,[TPCN]=Tien Phong Chu Nhat,[NLD]=Nguoi Lao Dong,[SGTT]=Sai Gon Tiep Thi,[HNM]=Ha Noi Moi



2002/12/29-2003/1/4
●越僑歌手の里帰り公演が増加傾向[1/1;TN]
 外国で名を成した越僑歌手たちの母国に戻っての活動が2000年頃から活発化している。口火を切ったのは Huong Lan で、1999年にベトナムでビデオアルバム「Dieu buon phuong Nam」の撮影を行った。彼女はその後、ホーチミン市とハノイでのコンサートに数多く出演している。2002年には Ai Van も両市で行われたコンサートで歌を披露した。そのほか、Anh Tu、Thanh Ha、Trizzie Phuong Trinh、Jimmy Nguyen らも次々と舞台に登場している。

 関心を最も集めたのは、Elvis Phuong、Giao Linh、Tuan Vu の帰国公演だ。Elvis Phuong は2000年の映画俳優新人コンテストのプログラムで歌うため帰国してから、ホーチミン市でソロコンサートを既に行ったほか、現在ハノイとメコンデルタ地域でのコンサートを準備中。Giao Linh と Tuan Vu は他の歌手より遅れて2001年に初めての帰国公演を行ったが、多くの観客の歓迎を受けた。2003年のテトをまもなく迎えるにあたり、今春も多くの越僑歌手が里帰りして、ハノイとホーチミン市で公演を行うことだろう。


2002/12/22-12/28
●歌手 Anh Tuyet のATB劇場が Long Phung 文化センター(ホーチミン市)で活動再開へ[12/27;TT&VH]
 歌手 Anh Tuyet のATB劇場は去年の10月から活動を停止している。来年の旧正月の前に Long Phung 文化センターで活動を再開するため、現在急ピッチで準備が進められている。

Q:移転後のプログラムは以前のATB劇場と同じですか?
A:経営形式は前と同じ音楽カフェバー形式ですが、舞台はかなり広くなります。1週間に6つのプログラムを順番に公演することを考えています。ポップス、外国の曲、抗戦時代の歌、ラヴソング、作曲家チン・コン・ソン氏の歌曲、それに作曲家特集です。これに民謡の夕べを加えることになるかもしれません。ATB劇場のメンバーだけでなく外部の歌手にも出演してもらおうと思っていますが、十分な実力を備えた歌手にお願いすることになります。スター歌手にも出演してもらいたいですが、ギャラが高過ぎる歌手は残念ながら呼ぶことができないでしょう。また、ここで多くの新人歌手を発見することも希望しています。

Q:このセンターではこれまでに多くの経営者が失敗していますが、自信はありますか?
A:大変でしょうが、自信はあります。劇場の改修と準備のためにおよそ3万ドルを費やしました。毎日のプログラムが落ち着いたら、子供たちのための教室を開こうと考えています。現在、協力者を探しているところです。


2002/12/15-12/21
●モデル Ngo My Uyen が映画サービス会社を経営[12/20;TT&VH]
 映画『The quiet American(静かなるアメリカ人)』の上映に先立ち、12月17日に行われた製作者記者会見の席に、モデルの Ngo My Uyen が出席していた。さてその訳は・・・?

Q:この場に同席していた理由は?
A:現在私は、広告と映画サービス分野で活動するBach Ho有限会社の経営管理委員会議長を務めています。弊社は、NDPエンターテインメント社及び文化スポーツ株式会社とともに、この映画のベトナムでの上映権を所有しています。

Q:議長の任務は重いものですね。
A:私は経営協力の機会を見つけることなど主に対外交渉を担当しています。弊社は設立されたばかりで、来年実施する計画案を練っているところです。

Q:南部の美人モデルの多くが経営活動に乗り出していますが、これは現在のモデル界の傾向と言えるのでしょうか?
A:実際、モデルの仕事はそう長くは続けられないと皆分かっています。それぞれ自分にふさわしい次の仕事を準備しています。


2002/12/8-12/14
●歌手 My Linh へのインタビュー[12/8;TN]
Q:歌手 My Linh の黄金時代は♪Chi toi や♪Tren dinh Phu Van を歌って成功していたときだと評価されています。これを捨てて新しい音楽路線を選んだことを後悔していませんか? 実際、今の路線は以前ほど多くの人に歓迎されていないようですが。
A:後悔していません。私にとって大事なのは自分の選んだ道に自信を持つことです。♪Huong Ngoc Lan、♪Toc ngan、♪Trua vang などの曲は観客の心に深い印象を残すことができました。過去の栄光の上にいつまでも胡坐をかいてはいられません。音楽は常に変わっていくので、立ち止まって足踏みしているわけにはいかないのです。私のために残念だと思ってくれる人がいるかもしれませんが、私はそう思っていません。

Q:今度のアルバムのタイトルを「Made in Viet Nam」と名付けたのはどうしてですか? 聞くところによると、外国のCD制作会社が外国でのあなたのCD発行契約手続きを進めているそうですが。
A:このタイトルをつけたのは、正真正銘のベトナムの音楽を作りたかったからです。ベトナム発の音楽も国際基準に達しているという自負の表現でもあります。外国でのCD発行契約の話は事実です。もし私が成功すればきっと他の人たちもこれに続くでしょう。

Q:来年の計画について教えてください。
A:旧正月の後に新アルバム「Made in Viet Nam」が発行される予定です。その後、CD発行契約を正式に行なって、アメリカでレコーディングします。帰国したらソロコンサートです。来年はとても忙しい年になりそうです。


2002/12/1-12/7
●ベトナムの歌謡曲「Nhe anh」とタイの歌謡曲「Kapolo」に類似点(Tran Nhat Vy)[12/7;TT]
 BBC放送局のベトナム語番組は今年10月5日、Nguyen Ha 作詞・作曲の曲「Nhe anh」(歌手 My Tam)の一部を放送し、この曲はタイの Nicole という女性歌手が歌っている曲から作られたのではないか? との疑問を提示した。しかしこの時にはタイ側の曲名、作曲者、アルバムの発売時期も明らかにされなかった。同放送局は12月3日の番組の中で、タイ側の曲名は「Kapolo」で1998年のMTVアジアビデオ音楽賞にノミネートされた5曲のうちの1曲であると伝えた。

 「Nhe anh」を作曲した Nguyen Ha は「Kapolo」を聞いた後、本紙のインタビューに答えて「この曲を初めて聞いた。1988年の中頃、バンド Hai Au(彼の所属バンド)は出演機会が少なく作曲活動を行っていた。『Nhe anh』も自分一人で創作したものではなく、バンドメンバーの協力で作ったものだ」と述べた。

 この数年、メロディなどが外国曲と類似している国内歌謡曲が、少なからず出現していることは確かだ。しかしどの曲がどの曲に類似していると正式に指摘した人はまだいない。「Nhe anh」と「Kapolo」はどちらも1998年に誕生し、曲の一部(およそ4分の1)が類似している。類似が50%近ければ問題だが、この程度で曲を"盗んだ"とは言えないのではないか? 偶然ということも考えられるのではないか? 外国の放送局が伝えた不確かな情報を議論する際は平静さが必要である。

●ベトナム現代小説集がアメリカで出版へ[12/4;LD]
 ベトナムの作家 Ho Anh Thai とアメリカの作家 Wayne Karlin が選び翻訳したベトナム現代小説集「Love after war」が、2003年春にアメリカで出版される予定だ。この本は45人の作家の短編を1編ずつ収録したもので、欧米で出版されるものとしてはこれまでで最も厚い短編集となる。45人の作家の中には最高齢作家の To Hoai や最年少作家の Nguyen Thi Ngoc Tu も含まれている。


2002/11/24-11/30
●新人女性歌手 Nguyet Anh、サイゴンで人気上昇中[11/28;TP]
 2000年ベトナムスポーツ美人コンテストでアオザイ賞を受賞したハノイ出身の女性、Nguyet Anh は現在ホーチミン市を舞台に多くの分野で芽を出しつつある。2000年の受賞時には彼女はホーチミン市人文社会科学大学の学生だった。彼女が初めて注目されたのはホーチミン市テレビのテレビドラマ『Cau thang toi』の主題歌♪Giac mo tuyet voi を歌った時からだ。その後、ライヴカフェ「Tieng to dong」と出演契約し、モデルが勢揃いして歌を披露する「美人が歌うとき」と題するプログラムで、モデルと歌手をこなした。これで満足かと思いきや、彼女は最近の青年バンドフェスティバルで司会も務めた。MCの仕事は歌手よりもギャラは低いけれど面白いという。今年21歳の彼女は、若さ、可愛らしさ、知識(大学の中国語科卒業)、歌声など有利な点が多くある。ホーチミン市の少なくない作曲家が、Nguyet Anh は今後の有望歌手だと述べている。

●2002年映画脚本コンクール入選作[11/26;TN]
 ベトナム映画局主催による2002年映画脚本コンクールの入選作は以下のとおり。

・1等賞:該当作なし。
・2等賞:『Nuoc mat kho(渇いた涙)』(Dang Nhat Minh)、『Nhung ngay xua yeu dau(愛の昔日)』(Nguyen Thi Thu Hue)
・3等賞:『Duong thu』(Doan Tuan)、『Hang xom』(Luong Ngoc Quynh)、『Tinh bien』(Hoang Minh Tuong)
・奨励賞:『Neu anh con song』(Viet Linh)、『Trang noi day gieng』(Vo Xuan Ha)、『Khong co Eva』(Nguyen Quang Lap)、『Khai niem tinh yeu』(Chu Lai)、『Nhung not nhac ky di』(Hoang An)、『Lot xac』(Nguyen Huu Ung)、『Chi em khong cung ho』(Nguyen Xuan Thanh)、『Dinh menh』(Lam Quang Ngoc)


2002/11/17-11/23
●Nhom 3 Con Meo の Phuong Uyen がソロに[11/20;TT]
 Nhom 3 Con Meo の"長女猫" Phuong Uyen が11月18日からソロで歌い始めた。3 Con Meo のメンバー3人のうち、Cam Tu はアメリカに移住、Ngoc Diep も家族の面倒をみるため歌わなくなってしまい、歌手活動はしばらく休止状態だった。この間、Phuong Uyen は作曲・作詞に集中していたが、再び舞台に戻ってきた。

Q:グループで活動してきたあなたがソロで歌うのはある意味で冒険ですね?
A:そうですね。でも20年間歌ってきて、自分はこの仕事から離れられないと思っています。ソロで歌うのはすべて自分で決められるので良い面もあります。私は同業の歌手に作品も提供してきたし、今は自信を持っています。

Q:何かファンにアピールすることはありますか?
A:自作の新曲を歌っていきます。そしてギターの弾き語りもします。グループのときとは違った私を披露できると思います。

<コメント>3 Con Meo のあの楽しいステージをもう見る機会もないのかと思うと残念です。でも、Phuong Uyen は20年間歌ってきたって? 彼女いったい何歳だろう?

●歌手 Nguyen Vu が会社の副社長に就任[11/19;TN]
 歌手 Nguyen Vu は友人とイベント・公演などを行う Nhac Xanh 社を設立し、自らは副社長に就任した。現在、男性グループと女性歌手を育成中。Nguyen Vu は今後も芸能活動を引き続き行う。


2002/11/10-11/16
●ロックバンド Buc Tuong(The Wall)がソロライヴコンサート[11/11;TT]
 ロックバンド Buc Tuong はハノイにあるベトナム見本市展示センターで11月8日夜、初めてのソロライヴコンサートを行った。CD「Tam hon cua da(ロック魂)」の成功で、メンバー7人はかなりの自信を持ってステージに立った。最初の曲♪Rock xuyen man dem(闇を貫くロック)から観客は総立ち状態。ロックバラードとハード系の曲をうまく構成して、司会者のいないステージでポイントを作っていた。リードボーカルの Tran Lap はがなり声は使わず、歌詞のメッセージを伝えようとした。若者の夢や愛への渇望などを歌う Buc Tuong の歌は、若い観客たちの心をつかみ、バンドの演奏に若者たちも声を合わせて歌った。

 開催者側が最も心配していたのは観客の態度だったが、事故もなく無事終了したことに胸をなでおろした。このコンサートの成功には、Buc Tuong ファンクラブのボランティアたちの活動も大きく寄与した。彼らはユニホームに鉢巻をして、応援とともに警備員の役割も務めた。このコンサートで最も美しい光景だったのは、ラスト曲の♪Duong den ngay vinh quang(栄光への道)で観客が曲に合わせて頭上で手を揺らす場面だった。


2002/11/3-11/9
●Nhom May Trang のメンバー1人が独立[11/6;TN]
Nhom May Trang の写真
Nhom May Trang
 ホーチミン市で若者に人気のある5人の歌手グループ May Trang(Yen Trang、Yen Nhi、Thu Ngoc、Ngoc Chau、Thu Thuy)のメンバーの1人 Thu Thuy がグループを離れ、独立することになった。グループは当面、4人で活動を続ける。

<コメント>写真付きで掲載しようと考えたのですが、正直言って彼女たちの顔の判別がつきません。ホアンさん@Hoa Luが「芸能人にしては幸薄い顔立ち」と言っている Ngoc Chau を除いて、他の4人は化粧すると誰が誰だか分からなくなります。じっくり見たんですが・・・、あきらめました。

<追記>上記のホアンさんのご好意により名前入りの写真を提供していただきました。どうもありがとうございました。

●日本映画がホーチミン市で上映へ[11/4;NLD]
 ホーチミン市映画社はこのほど、日本の東宝と東映の2社から合わせて6本の日本の映画を買い入れた。同社の Cao Van Hung 社長にこの件について話を聞いた。

Q:この6本の映画について教えてください。
A:『駅伝』、『命』、『冬のカメリア』のような恋愛・心理ドラマ、『北京原人』のようなSFものなどです。これらの映画は現在のベトナムの生活や文化に近く、観客の嗜好に合うと思います。

Q:これまでなぜ日本映画がベトナムで上映されなかったのでしょうか?
A:国内の映画輸入会社はアメリカと香港にばかり関心を寄せていて、誰も日本映画に注目していませんでした。一方、日本の映画会社もベトナムを大きな市場と見なしていませんでした。日本映画はアジア市場で年間20億ドルの興行収入があるそうです。ただ、ベトナム市場に入るために、日本側には配給面でベトナム優遇策をとってもらいました。

<コメント>日本映画の題名は正確ではないかも知れません。また、ホーチミン市テレビのチャンネル7ではNHK制作の連続テレビドラマ『甘辛しゃん』が始まるようです。映画とドラマで果たして日本ブームが巻き起こるか?? 
2002/10/27-11/2
●映画『静かなるアメリカ人』、ようやく公開へ[10/30;TN]
 ミラマックス社は約1年前の2001年9月10日、ニューヨークで映画『静かなるアメリカ人(The quiet American)』の試写会を行った。招待者は新聞記者や映画関係者だったが、誰もその映画の反米的テーマ(映画は1952年のベトナムを背景としている)には注意を向けていなかった。しかしその翌日、世界を震撼させた同時多発テロが起き、この映画は倉庫行きの運命と相成った。映画の中で"静かなるアメリカ人"はテロの黒幕として描かれているからだ・・・。

 あの事件から1年以上が経過した10月初旬、ミラマックス社の社長はニューヨークタイムズ紙のインタビューに対して、「私は人から『今、映画を上映すべきではない。愛国心を疑われるぞ』といわれている」と答えた。しかし、この映画に新聞記者役で出演したマイケル・ケインは「映画は反米的などではない。ただ、アメリカをベトナム戦争に深入りさせた人物たちに反対しているだけだ」と話す。作家グラハム・グリーンの同名の原作を読んだ人たちの多くも、この映画の公開を心待ちにしている。今週号のタイム誌によると、この映画は11月22日から2週間、ニューヨークとロサンゼルスでのみ公開される予定という。

 映画『静かなるアメリカ人』とこれに出演したベトナム人俳優たち(Hai Yen、Mai Hoa、Quang Hai)にとっては喜ばしいことに違いない。しかし、時事的な事件が映画の経営面に影響を与えていることもまた事実だ。


2002/10/20-10/26
●歌手グループの結成はいとも簡単?[10/22;TN]
 歌手グループで成功するのに必要なのは、声の質、歌唱技術、踊れること、外見が良いこと、それにある程度の時間とプロデュース・・・。現在ホーチミン市では数えきれないほど多くのグループが活動している。既によく知られている Da Vang、3 Con Meo、Tam ca Ao Trang、The He Moi(ソロ歌手のレコーディングの際のバックコーラス専門)の他に、MTV、AC&M、Techno、1088(既に解散)、May Trang、Mat Ngoc、The Bells、Trio 666、Windows、Sac Mau、Ty My Ty、Ve Sau などがあり、さらに最近出現したグループには Anh Em、Go On、D&D、F5、Y2K、090、Canh Buom Xanh、Bien Xanh、5 Chiec La、727、MB5 などがある。この中にはあまりのレベルの低さで観客の不評を買ったグループが既に存在する。

 先ごろホーチミン市のある劇場で行われた歌謡ショーに出演した10グループのうち、3分の2は観客の前で歌う実力が備わっていなかった。なぜいとも簡単にグループを結成するのか? おそらくは多くの若者がその力がないにもかかわらず、歌手として有名になりたいという願望を持っているためであり、歌手が"楽に稼げる職業"だと思っているためだろう。こうして結成されたグループのほとんどが流行に乗っただけのもので、歌への深い思いや実力から出発しているものではない。

 観客は Da Vang や 3 Con Meo これまでの活動、MTV や AC&M の鍛えられた歌声をいつまでも忘れない。グループを結成する前に、そのことを考えてもらいたい。 


2002/10/13-10/19
●歌手 My Linh、新アルバムを準備中[1/16;VH]
 この2年間新しいソロアルバムを出していない歌手 My Linh は、現在新しいアルバムの制作に追われている。今回の収録曲も作詞・作曲は Anh Quan、Huy Tuan、Duong Thu らによるものだが、アルバムタイトルは"Toc ngan"ではなく「Made in Viet Nam」。このタイトルの由来は単純で、自宅に作ったスタジオで初めて録音し、夫 Anh Quan のバンド Anh Em のアレンジ・演奏で制作したアルバムだから。タイトルは変わっても、路線は"Toc ngan"と同じファンク系。

●女優 Hong Anh、新作映画『Nguoi dan ba mong du(夢遊病の女)』出演について語る[10/15;LD]
 ベトナム映画『Nguoi dan ba mong du』(監督:Thanh Van)が10月2日にクランクインした。主演女優の Hong Anh は、この映画で8人の本当の精神障害者たちと"共演"する。

Q:"共演者"の中で、あなたが女優の Hong Anh だと気がついた人がいますか?
A:若い男性患者さんが私のことを笑いながらじっと見て、何度も同じことを言うんです。「僕と握手してください!」と「僕を好きになってください!」って。その後、また笑って「やっぱり女優の手は違うな」って言いました。

Q:なにか"事故"は起きませんでしたか?
A:それは避けられませんでした。たとえば、いきなり背中を強くぶたれたりしました。休憩時間中にも、彼らに話しかけられたり叩かれたり・・・。楽しかったけど、ちょっと疲れました!

Q:戦争によって多くを失う女性の役は、あなたが出演した映画『Doi cat(砂のような生活)』と同じではないですか?
A:この映画の題名が原題の『Nguoi dan ba tren chuyen tau toc hanh(急行列車の女)』(原作は作家 Nguyen Minh Chau の短編小説)から今の題名になったのは、偶然ではありません。監督は、戦後、少なくない女性兵士が精神に病をきたしたことを強調したかったのだろうと思います。深い心理を表現しなければならない役柄ですから、繰り返しを恐れるというよりも、難しいこの役をうまく演ずることができるかどうか心配です。

Q:前回の映画『Thung lung hoang vang(淋しい谷間)』ではこれに出演するために、ご自分のカフェを閉じなければなりませんでしたね。今回は何か犠牲にしたものはありますか?
A:本来は6月に撮影が開始される予定でした。そうだったらハノイ演劇映画大学の脚本科で学び始めるのに間に合ったのですが、開始が遅れたために前学期の休学を申請しなければなりませんでした。この映画では移動が多かったり、夜間撮影や火を使うシーンが多かったり大変なんです。でもその代わりに、Le Vu Long や Quang Hai などのハンサム男優と共演できて幸運ですね。


2002/10/6-10/12
●映画脚本の検閲はムズカシイ?[10/11;TN]
 "偉大な思想"がかち合ったという訳だろうか? 最近公開された3本のベトナム映画「Nguoi di tim giac mo(夢を探しにいく人)」、「Nguoi dan ba khong hoa da(石にならない女)」、「Trai dang(苦い果実)」はいずれも、戦争帰りの夫が男性機能を喪失するという悲劇を描いている。映画の中の妻たちは包容力に満ちていて、そんな夫ととの暮らしを受け入れる。

 しかし観客としての疑問は、なぜ映画局が3本の同じようなテーマの映画に同時期に制作費を出したのかということだ。昨年制作されたのは全国で6本の映画だが、そのうち3本が同テーマということになる。このうちどれか1本でも面白ければまだましというものだが、3本が3本とも失望させる映画で、ほとんど見る人もいないありさまだ。ある人は、上記3本の映画の女性脚本家が"バランス"を取ったのだろうという。というのは、ベトナム映画には戦争帰りの夫が浮気したり隠し子を持ったりという話が多いからだ。またある人は、映画局が3つの映画制作会社に同じテーマで創作させ競わせたのだという・・・。

 これはもちろん冗談だが、さて本当のところはどうだろう? 映画局のある指導者は、「Nguoi dan ba khong hoa da」の脚本を読んで気に入り、すぐ制作に入るよう指示したそうである。恐らくは他の2本の脚本も同じぐらい"気に入られた"に違いない。すなわち、このようなテーマは映画局の検閲評議会の受けがとてもいいということだ。そうだとすると、映画の脚本の検閲がムズカシイなどと言えるのだろうか?


2002/9/29-10/5
●Dang Nhat Minh 監督へのインタビュー[10/4;TN]
 9月に日本の福岡で行われた映画フェスティバルから帰国したばかりの Dang Nhat Minh 監督へのインタビュー。

Q:ベトナムの映画作りには今も多くの問題がありますね。
A:一時期、面白いベトナム映画がないのは経費が限られているからだと言われていた。今では国から100万ドル支給される映画もある。すると今度は設備が悪いせいだというので、国は映画振興策として映画用設備に巨額を投入した。次はどんな理由を考え出すものやら。私はこうした理由探しには参加したくない。

Q:ベトナム映画のほとんどは戦争がテーマになっていますが、これについてどう思われますか?
A:もし人間の運命が描けるのであればどんなテーマだろうとそれは必要なものだ。戦争テーマは、人間一人一人と民族の運命に強く影響する点で必要なテーマだ。しかし長年我々がスクリーンやテレビで見てきたような戦争テーマだったら不必要だ。軍の運転手が先鋒隊の女性を好きになったり、男性が復員すると恋人が別の男性と結婚していて後悔したり、といったようなモチーフはもう十分過ぎるほどある。不思議なことに戦争がテーマとなると恋愛を話の骨格にする映画ばかりだ。私自身、従軍したが女性の姿はとても少なかった。彼らの内心はこれまでの映画で描かれているよりもっと豊かだと思う。戦争テーマは必要なものだが、我々の映画は一部を除いてまだそれを十分開拓しきれていない。一部とは「Canh dong hoang」、「Chi Tu Hau」、「Chim vanh khuyen」などの映画だが、私はこれも戦争を間接的に反映した映画に過ぎないと思う。より直接的なのは「Vi tuyen 17 ngay va dem」や「Dat me」だが、これらは堅苦しくて公式的過ぎる・・・。

●歌手 Phuong Thanh が「VTV−私の好きな歌」の授賞式を蹴ったワケ[9/30;NLD]
 9月26日にテレビで生中継された「VTV−私の好きな歌」第1回授賞式に、歌手 Phuong Thanh が欠席し、その理由は明らかにされなかった。以下は彼女へのインタビュー。

Q:なぜ授賞式に欠席したのですか?
A:2日前に欠席の連絡をしました。でも重要なのは私が受賞を拒否した理由です。私は主催者側のこの賞の選び方が明確でないと思います。ただ頭数を揃えるために私が呼ばれたような気がします。主催者は各歌手への投票数も順位も発表していません。ビリでもいいから順位を発表してくれた方が納得がいきます。

Q:テレビの司会者はあなたは招待を受け、今になっても連絡がつかないと話していましたが?
A:それは不正確です! 私はあまりに商業化されたプログラムは好きではありません。生中継される番組のチケット代が15万ドン(約10ドル)とは高過ぎませんか? 実際のところ、本当に観客に選ばれたのなら表彰状1枚だけだって喜んで出席します。でもはっきりしない理由なら(今回の賞金の)1,000万ドン(約650ドル)だろうと拒否します。それに、はじめの名簿には私の名前がなかったのに主催者が後から入れたという情報もあります。

Q:視聴者やファンに何か言うことはありますか?
A:ファンの人たちなら私の性格を理解してくれると思います。もし番組「VTV−私の好きな歌」が本当に視聴者と歌手の距離を縮める架け橋であるなら、こんな主観的なやり方はもうしないでしょう。


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