週刊芸能ニュース(2000/12/31-2001/3/31)
元ネタ=新聞・雑誌等の要約・抄訳です。
誤訳・誤報の可能性もあります。気がつかれた方はご指摘いただければ幸いです。

新聞略記号:[LD]=Lao Dong,[VH]=Van Hoa,[TT&VH]=The Thao & Van Hoa,[TT]=Tuoi Tre,[TTCN]=Tuoi Tre Chu Nhat,[TN]=Thanh Nien,[TTCT]=Thanh Nien Cuoi Tuan,[SGGP]=Sai Gon Giai Phong,[SGTB]=Sai Gon Giai Phong Thu Bay,[TPCN]=Tien Phong Chu Nhat,[NLD]=Nguoi Lao Dong



2001/3/25-3/31
●歌手Ngoc Sonが告訴される[3/31;TN]
 男性歌手Ngoc Sonが19歳の女性から告訴されている。告訴状によると、Ngoc Sonは“催淫剤”を使って彼女を誘惑し暴行したというもの。ホーチミン市警察では調査を行い、必要があると認めれば逮捕・起訴を行うとしている。Ngoc Sonは現在のところはいつものように歌謡ショーに出演し、「自分を信じて欲しい」と観客に訴えている。

●日本人歌手がベトナム語で歌ったCD発売[3/30;TN]
 4月7日〜8日に東京で行われる“ベトナムフェスティバル 2001”に合わせるように、日本のToho ProductionとベトナムのBen Thanh A&Vの協力により、CD『Chuyen tinh Tokyo(東京ラヴストーリー)』がこのほど発売された。日本人歌手のSasaki Ryo、Morikawa Chiko、Muto Hirokiの3人がベトナム語の歌を披露している。
<コメント>寡聞にしてこの3人の歌手のお名前を聞いたことがありません。正確にはSasaki Ryoさんは既にベトナムでCDを出しています(そのときは日本語で歌ってました)から“知って”はいますが、他の日本人に尋ねても誰も知らないというのです。“新人”歌手なのでしょうか…?

●準備中のCDについて聞く[3/30;TN]
 ◇作曲・作詞家Bao Chan
 Q:作曲・作詞家のDuong Thu氏と組んでアルバムを準備中と伺っていますが。
 A:今回のアルバムは曲作りに我々2人だけではなく、Quoc Trung、Vu Quang Trung、Huy Tuan、Anh Quanも加わっている。参加する歌手はLam Truong、Hong Nhung、Thanh Lam、My Linhなど。
 ◇歌手My Linh
 Q:ホーチミン市で最近印象に残る若い歌手はいますか。
 A:Van QuynhとMy Tamは将来性があると思う。
 Q:現在レコーディング中のCDではAnh QuanやHuy Tuan以外の作曲家の歌も入っていますが、スタイルの変化と考えていいのですか。
 A:私が気に入った曲を入れている。自分のスタイルは変わらない。


2001/3/18-3/24
●男性アイドル歌手Quang Vinh、成功への第1歩[3/21;VH]
 昨年の暮れごろからQuang Vinh(19歳)の出演回数が増えている。Quang Vinhはあどけない顔をしているが身長170cmの若者だ。既に各種コンサートへの出演やCDへの吹き込みを行っている。現在、Kim Loi社が彼のマネージングを行っている。

●女性歌手Hong Hanhが活動活発化[3/21;VH]
 しばらく鳴りをひそめていた女性歌手Hong Hanhが、新アルバム『Yeu dau da ve』と共に音楽市場に戻ってくる。アルバムは彼女自身のプロデュース作品で4月下旬に発売予定。また、彼女が経営する日本料理専門店では、集客力を増やすためメニューにベトナム料理も加えることにした。

●ベトナム芸能団がアメリカ公演ツアー[3/19;TN]
 ベトナム芸能団は2月26日から3月15日まで、初めて正式なアメリカ公演ツアーを行った。2週間で計7回の公演をアトランタ、ボストン、サンジョゼなどで行い、観客の熱烈な歓迎を受けた。

 芸能団に参加したのはPhuong Thanh、Lam Truong、Thu Phuong、Huy MCらで、アメリカ留学中の音楽家Duc Triも現地で合流した。Lam Truongは熱烈歓迎振りを興奮ぎみにこう語る。「僕らがラジオに出たときにベトナム料理が恋しいと話したら、それを聞いて料理して飛行機で持ってきてくれた人がいた。残念ながら料理は腐りかけていたけれど、捨てるのが惜しくて皆でつついたんだ。若い女性は強烈でキスの嵐、今でも忘れられないよ」

 歓迎の一方で、反対の動きもある。反ベトナムグループの1人Viet Dzungは2月26日、ラジオのインタビューで「もしLam TruongやPhuong Thanhが個人として来るのなら1人のアーティストとして認められる。しかし、これはベトナム共産党外務省が共産主義の宣伝のために送りこんだ芸能団だから、共産主義宣伝工作隊だ」と話す。しかし、宣伝目的ならチケットが1枚50〜100ドルもするだろうか? との問いには彼は黙りこんでしまった。

 現在、多くの越僑歌手たちがベトナムで歌手活動を行い、人々に暖かく迎えられている。彼らは“アメリカ式自由主義宣伝隊だ”と叫ぶ人はどこにもいない。


2001/3/11-3/17
●Hong NhungがバンドPhuong Dongとコンビを結成[3/15;TN]
 歌手Hong NhungがバンドPhuong Dongと正式にコンビを結成することになった。コンビ結成後の最初の成果であるCD『Ngay khong mua』がまもなく発売される。
<コメント>先週も別名のCD発売のニュースがありました。同じCDのことなのかどうか不明、また「まもなく」というのもいつのことになるのか不明です…。

●2000年ベトナム映画協会賞発表[3/14;TN]
§映画部門
・A賞:『Ben khong chong(監督:Luu Trong Ninh)』、『Mua oi(監督:Dang Nhat Minh)』
・B賞:『Vao Nam ra Bac(監督:Phi Tien Son)』
§ビデオドラマ部門
・A賞:該当作なし。
・B賞:『Canh cua cuoc doi(監督:Canh Don)』、『Nui tuong tu(監督:Tu Huy)』、『Ngan nam may trang(監督:Khai Hung)』、『Nhung nguoi do dan(監督:Nguyen The Vinh)』

 映画部門は7作品の中から上記の有力2作品が選ばれた。『Mua oi』については、公開直後から賛否両論があった。審査委員の1人は「討論では『Ben khong chong』に流れが傾いていたが、実際投票を行うと『Mua oi』の方が票数が多かった。『Ben khong chong』は人物作りでロジックに欠ける面があるが、優れた場面もある」と述べている。


2001/3/4-3/10
●女優Viet Trinh、監督業を希望[3/7;VH]
女優Viet Trinh
女優Viet Trinh
   しばらくの間なりを潜めていたViet Trinhは、女優業に復帰してから立て続けにドラマ出演を果たしている。彼女は女優を演じる他に、1〜2年後を目処に映画監督の勉強をする予定にしている。彼女は、監督をするには30歳を過ぎた方がより相応しい、また作りたいのは子供向け映画という。

●Hong Nhungが声楽の教師に[3/7;TN]
 歌手Hong Nhungは最近、ホーチミン市舞台・映画芸術学校で声楽を教え始めた。はじめは教える資格がないと固辞していたが、学校側の熱意にほだされ同意した。また、まもなく新アルバム『Chau ve ong mat troi』(CD、VCD)を発表する予定。

●Hong Nhungが映画『The quiet American』に出演[3/5;TN]
 歌手Hong Nhungが映画『The quiet American』にバーの歌手役で出演する。Phillip Noyce監督に気に入られ、元の脚本よりも出演機会が増えそうだ。


2001/2/25-3/3
●国内歌謡界と越僑歌謡界の“逆行”現象[3/3;TN]
 国内歌謡界が盛り上がった1997年、そのときから国内歌手のCDがアメリカの“リトルサイゴン”に出現し始めたが、当時は越僑歌謡界からはまだ現代的娯楽の域に達していないと低く評価されていた。しかしほんの数年後には越僑のCD制作会社のCD売り上げが3分の1に減少して倒産の憂き目にあう一方、ベトナム国内のCD売り上げは3、4倍に伸びていた。

 越僑歌手たちはベトナム市場を“約束の地”と見なし始め、生き残りを計る越僑CD制作会社はベトナムで人気のある曲を探さざるを得なくなった。CD制作会社は、“メイド・イン・ベトナム”の歌手に対抗するため、ベトナムの作詞・作曲家(以下「作家」)から曲を買って越僑歌手に歌わせている。

 しかし、これだけでは十分ではないようだ。専門家は、ベトナムの国内歌謡界が越僑歌謡界より優れているのは、単に曲ばかりではなく、歌手の声も重要な要素の1つだという。越僑の雑誌記事でも「演出の仕方は劣るが歌は彼らの方がうまい」と評している。曲と歌手の2大要素のおかげで、国内産CDはアレンジや技術面で見劣りがしていても、海外の越僑社会で歓迎されている。

 旧正月で帰国した越僑歌手たちの多くは、ベトナムで人気のあるほとんどの曲が好んで歌われ、録音されており、ベトナムの2、3年前の歌謡界のような活気を呈している、と話す。“反共”を掲げてベトナム国内の曲に扉を閉ざすCD制作会社は、苦しい経営を迫られている。

 現在の国内歌謡界の状況に目を転じると、あちらの活況は遠い出来事のようだ。違法コピーが市場にあふれて、正規版CDの売り上げはガタ落ちになり、CD制作会社自らコピー版CDをB級CDとして販売せざるを得ない状況だ。また、今は歌手と作家の“老若”世代交替期に当たっている。国内では既に名を成した歌手(海外では新鮮に受け止められているが)がいるが、若い歌手たちはいまだ成長途上中だ。作家は世代間の対立が目立っており、若手作家は先輩作家から後継者としてはまだ認められていない。さらに流行歌には“はやりすたり”に一定の周期がある。現在の国内歌謡界の衰退状況は、これらの要素を総合した結果だろう。

●女性監督Pham Nhue Giangが2本目の映画撮影を準備中[3/1;LD]
 女性監督Pham Nhue Giangが2本目の映画作品『Thung lung hoang vang』(脚本:Nguyen Quan Lap、撮影:Ly Thai Dung)を準備中だ。映画は、若い女性教師が山岳地で教育に取り組む様を描く。Giang監督は、先頃のアジア太平洋映画祭で最優秀作品賞を受賞した『Doi cat』のNguyen Thai Van監督の妻で、同映画の撮影では夫の特別補佐役を担った。今回Van監督は、妻の映画の助監督を務める。


2001/2/18-2/24
●歌手Hong Ngocが歌謡映画で主演[2/21;VH]
 女性歌手Hong Ngocは、昨年暮れからホーチミン市テレビ局制作の歌謡映画『Khat vong va noi nho』の撮影に主役として参加している。この映画はハノイとホーチミン市に住む2人の男女の恋愛を描くもので、よく知られた曲が7曲収録される。共演は男性歌手Tuan Hung。また、まもなくHong Ngocの新アルバム『Thien duong cho anh』が発売される。

●ベトナム映画がベルリン映画祭国際フォーラムで高い関心を得る[2/19;LD、2/24;TN]
 2月8日から18日まで行われた第51回ベルリン映画祭で、ベトナムは初めて国際フォーラムに参加した。参加作品は主催国ドイツと並んで最も多い8作品。『Ben khong chong(Luu Trong Ninh監督)』がフォーラム正式参加作品で、残りの7作品『Ai xuoi van ly(Le Hoang監督)』『Mua oi(Dang Nhat Minh監督)』『Vao Nam ra Bac(Phi Tien Son監督)』『Doi cat(Nguyen Thanh Van監督)』『Chung cu(Viet Linh監督)』『Nga ba Dong Loc(Luu Trong Ninh監督)』『Tro lai Ngu Thuy(Le Manh Thich監督)<記録映画>』はベトナム映画プログラムで上映された。

 これらの映画が上映された映画館はドイツ人やその他の外国人でいつも席が埋まっていて、ベトナム映画に対する関心の高さを示していた。立見客も出た『Ben khong chong』は、上映後に拍手が長く続き、映画制作者との交流にも多くの観客が参加した。ドイツのマスコミは「ベトナム映画の新しい風が吹いて来た。才能ある世代が出現した」と伝え、彼らが外国留学をせずベトナムだけで養成されたことに驚きを示した。


2001/2/11-2/17
●Lam Truongのオフィシャルサイトが誕生[2/17;TT]
 Lam Truong自身が情報を提供している公式サイトがこのほど誕生した。アドレスは、www.lamtruong.org。コンテンツはプロフィール、アルバム紹介、写真、音楽(MP3)など。

●Minh Thuanが片耳の聴力を失う?[2/16;TN]
 Minh Thuanは左耳の聴覚を失ったため、この数日ホーチミン市耳鼻咽喉センターに入院している。「1月28〜29日頃、左耳に耳鳴りがしたけれど、寝不足と疲労のせいだろうと思っていた。10日前ぐらいに聴覚がなくなって病院に行ったら医者に手遅れだと言われた」という。2月11、12日の公演予定をこなした後、Minh Thuanは再び病院に入院した。

●Tam ca MTMからTrang Nhungが抜け、姉妹のデュエットに[2/15;TN]
 1年余り活動してきた3人グループTam ca MTM(Minh Anh-Trang Nhung-Minh A/nh)のメンバーTrang Nhungが、家族と共にホーチミン市に引っ越しし、ソロ活動を始めた。MTMは新メンバーを迎えず、Minh Anh-Minh A/nhの姉妹のデュエットで歌手活動を続ける。


2001/2/4-2/10
●Lam Truongへのインタビュー[2/10;SGTT]
 Lam Truongの新アルバム『Bien Trang』が発売1カ月で1万枚の売り上げを記録した機会に彼に話を聞いた。

Q:99年の終わりごろ、ファンはLam Truongが少し太ったのではないかと心配しましたが。
A:(笑)そのころは好きなように食べて寝てたから。それからは、歌手という職業に責任を感じて、食事をきっちり取り、毎日8時間寝て夜更かしはしない、2、3時間運動するようにしています。衣装もきちんとしていないといけないし。もし太ったり痩せたりしたら、元に戻すようにしています。
Q:最近出すアルバムの制作サイドに家族が加わっていますが、彼らはマネージャーですか?
A:兄弟が多くてラッキーだったと思ってます。兄たちはマネージャーのように僕に協力してくれてます。Taiは僕のスケジュール管理を、Locはアルバム制作を担当しています。
Q:アルバム『Bien trang』の売れ行きが良くて大成功ですね。
A:そういうわけでもないです。ただ、ファンには支持してもらえているようです。今度はベトナムの曲だけで新アルバムを作る予定です。


2001/1/28-2/3
●ハリウッド映画『The quiet American』の主役にベトナム人女優を抜擢[2/3;TN]
Do Hai Yen
主役に抜擢されたDo Hai Yen
 大成功を収めたアジア太平洋映画祭から2カ月、ベトナム映画界に再びうれしいニュースが届いた。“大事件”と呼んでも決して大げさではないだろう。これまでベトナムを題材にして作られた映画は、文学作品を基にしたにせよ戦争をテーマにしたにせよ、登場するベトナム人は非常にあいまいな役柄が多かった。『地獄の黙示録』、『プラトーン』、『ディアハンター』、『フルメタルジャケット』、『インドシナ』、『ハンバーガーヒル』、『天と地』などの映画でベトナム人を演じるのは、海外に住む越僑か、あるいはタイ、マレーシア、フィリピンなどの近隣諸国に住むベトナム人だった。

 またこの数年、ベトナム映画は越僑監督が撮影した作品によって世界の注目を集めている。例えば、Tran Anh Hung監督の『青いパパイヤの香り』、『シクロ』、『Mua he chieu thang dung』などだが、これらの作品は内容を別として、主演女優の演技やベトナム語の不正確な発音に不愉快さえ感じるほどだった。『シクロ』では香港の有名俳優がベトナム人の詩人を演じていたし、去年のサンダンス映画祭で観衆や批評家から絶賛された『季節の中で』でも越僑女優My Zoe Buiが重要な役を演じていた。

 ここまで述べてきたことで、100%のベトナム人女優がハリウッドのPhillip Noyce監督によって主演女優に選ばれたことが、ベトナム映画界にとって“大事件”だということがお分かりいただけるだろう。

 主役のPhuongを演じるのは、Do Hai Yenという新進女優。ほとんどの人は名前を聞いた事もない。彼女は歌手でもモデルでも舞台女優でもない。ハノイ出身で今年20歳。ベトナム舞踊学校を卒業後、ホーチミン市に引っ越し、現在ホーチミン市舞踊学校で指導に参加している。演技の経験は、Tran Anh Hung監督の『Mua he chieu thang dung』での端役と、シンガポールと共同制作の映画『Vu khuc con co』しかない。Hai Yenは愛らしくしとやかな“純ベトナム的”な女性で、演技の経験はあまりないものの、Noyce監督と映画スタッフの意を得て、主役のPhuong役に抜擢された。また先のアジア太平洋映画祭で最優秀主演女優賞を受賞したMai HoaがPhuongの姉役で出演する。

 この映画はGraham Greenの半世紀ほど前に書かれた小説が原作で、1959年に一度映画化されたことがある。しかし主役のPhuongを演じたのはイタリア人女優で、作品としては失敗している。


2001/1/21-1/27
★テト(旧正月)特集 第2弾★
●ベトナム映画の旗手〜40歳前後の監督たち(Dinh Trong Tuan)[テト版;TT&VH]
 ベトナム映画を愛する人は「誰がこれからベトナム映画を担っていくのか」と不安に思っているかもしれない。その問いには大胆にこう答えることができるだろう。「それは40歳の監督たちだ」と。もう少し正確に言えば、現在40歳前後の監督たちだ(ここでは劇映画についてのみ論じることとする)。

 1993年にハイフォンで行われた国内映画祭で、ベトナム映画社の幹部たちは若い世代に映画作りを引き渡すと表明した。これは形式的なものに過ぎなかったが、世代交替の必要性を示す警告の役割を果たした。同映画祭では唯一の金賞がLe Xuan Hoang監督の『Vi dang tinh yeu』に、優秀監督賞がLuu Trong Ninh監督に贈られた。Hoang監督は当時事故で亡くなったばかりだったが存命ならば現在40歳前後、Ninh監督も現在40歳だ。

 以後、若い世代の監督が次々に作品を生み出した。ホーチミン市では、Le Hoang監督が『Luong tam be bong』、『Luoi dao』、『Ai xuoi van ly』を、Nguyen Vinh Son監督が『Tuoi tho du doi』、『Manh dat tinh doi』を、Dao Ba Son監督が『Nguoi tim vang』、『Biet ly trang』を作った。

 ハノイでは、Luu Trong Ninh監督が『Canh bac』、『Hay tha thu cho em』、『Chuyen tinh thoi mo cua』、『Nga ba Dong Loc』を、Vuong Duc監督が『Co lau』、『Nhung nguoi tho xe』を、Vu Xuan Hung監督が『Con Thuyen bi danh dam』、『Giai han』を、Nguyen Thanh Van監督が『Chuyen tinh trong ngo hep』、『Cay bach dan vo danh』などを作った。

 昨年12月に行われた第45回アジア・太平洋映画祭に参加したベトナム映画5作品のうち4つは40歳の監督の作品だ。(Nguyen Thanh Van監督『Doi cat』、Luu Trong Ninh監督『Ben khong chong』、Le Hoang監督『Chiec chia khoa vang』、Phi Tien Son監督『Vao Nam ra Bac』)

 新世代が形成され収穫期を迎えつつあることは明らかだろう。過去10年間に国内外の映画祭で賞を受賞している監督のほとんどは彼らの世代だ(60歳を過ぎた今も旺盛な制作活動を続けるDang Nhat Minh監督を除けば)。遅かれ早かれ世代交替は進んでいくが、現在の若い世代には本当に古い世代と取って替わる実力があるだろうか? 『Canh donh hoang』や『Bao gio cho den thang 10』、『Den hen lai len』、『Con chim vanh khuyen』、『Em be Ha Noi』といった名作を作るのは容易ではない。しかし冷静に考えてみれば、我々は彼ら40歳の監督たちを信じることができるだろう。監督にとって大事なのは個性と独自のスタイルだが、彼ら若い監督たちはそれをしっかり持っているように見える。Le Hoangは想像の世界の中でユーモアと風刺を描き、Luu Trong Ninhは社会や人間の矛盾を烈しくえぐり出す、Thanh Vanは人物の心理をやわらかく巧みに描く、Phi Tien Sonは今回が初めての映画だがスマートでユーモアにあふれている。

 若い世代の準備が整っているとすれば、残る問題は映画作りの環境を整えることだ。才能ある人物を優遇する制度や検閲官のレベルアップなどがなければ本当に良い映画は作れない。これを強調したいのは、名前を挙げてきた監督たちがさまざまな障害のために、なかなか映画を撮れないことを私(記者)が知っているからだ。変化の多い現代にあって、彼ら40歳の監督たちがしてきた仕事は決して先輩たちに恥じるようなものではない。彼らは今それぞれの絶頂期を迎えているようである。そのことを考えると、私は少し心配になる。なぜなら彼らの後ろには広大な空間が広がっていて、後に続く人影がどこにも見えないからだ……。


2001/1/14-1/20
★テト(旧正月)特集 第1弾★
●My Linh〜"Toc ngan"の次なる道は?(Pham Thi Thu Thuy)[テト版;TT&VH]
 今年のテトをMy Linhは新しい家で迎える。5階建ての大きな家で、車のガレージ、録音スタジオ(録音機材は未購入)も備えている。それにML自身の好みを最大限に生かした広くて現代的なキッチンと食堂がある。Anh Duy(2歳)とAnna(7歳;夫Anh Quanの連れ子)の2人の子の母親として、MLは朝早くから起きて自ら朝食の支度をし、Annaを学校に連れて行く。地方に公演に行くときは近所に住む夫の両親のもとに子供たちを預けるが、彼女は、10日以上は家を開けないことと、子供といる時間を少しでも長く取るために飛行機は行きは遅い便、帰りは早い便を使うことを原則にしている。

 子供の話に目を輝かせ、結婚した女性ならば誰もが経験する悩みを話した後、彼女は少し寂しそうに言葉をつまらせながらこう言った。「もし仕事と家族のどちらかを選ばなければならないとしたら、家族の方を選ぶと思うわ」。彼女は歌手になって7年の間にさまざまな賞を受賞し、2度のソロコンサートツアーを成功させ、CDの売り上げもよく、同業歌手たちからの尊敬も集めてきた…。25歳にして多くの人の夢を実現させてきた彼女にとって、この選択がそう簡単であるはずがない。

 仮の話はさておき、現実の話に戻ろう。2000年のMLの音楽活動はあまり活発ではなかった。アルバム『Toc ngan 2』のプロモーションコンサートツアーは実現できず、結局ハノイとホーチミン市で学生向けに無料コンサートを開くだけに留まった。同アルバムはお金をかけて入念な準備をしたにもかかわらず、前作『Toc ngan 1』に比べ経済面でも芸術面でも成功を収めることはできなかった。2年間に出した2枚のアルバムは、新しいスタイルの音楽を人々に根付かせることはまだできていない。

 MLは突然自分のスタイルの歌しか歌わなくなり、多くの歌謡ショーやCD録音の誘いを断った。するとショーやCDの制作側でも彼女に声をかけないようになった。Anh Quanが見かねて他の作曲家の歌を歌うように勧めたこともあった。彼女は1回だけ(2000年初頭)ビデオクリップ『Tinh 2000』に出演し、それは評判にもなったが、彼女自身は今でもその判断が正しかったかどうか自信が持てないでいる。

 人々に愛される道は2つある。1つは人々が好む歌なら何でも歌うこと−これは成功への近道だ。もう1つの道は、自分の好きな歌を歌うことで人々に愛されること−これこそ本当のアーティストの行く道だ。MLは今1人で頑固にこの2番目の道を歩んでいる。現時点では他に並ぶ者のない才能と、ある新聞が彼女をそう評したように“殉教者”的精神を持ってその道を歩んでいる。彼女は、本来なら2000年に行われるはずだった国際歌謡フェスティバルの4人のベトナム代表歌手の中で、唯一100%の賛成を得て選ばれた歌手でもある。しかし、私は彼女を“殉教者”とは呼びたくない。それでは狂信的な響きが強過ぎる。実際にはこのかわいい童顔の母親は、自分の進む道に自信を持ち十分冷静なのだから。

 『Toc ngan 2』が予想外の失敗だったことに周囲ががっかりしていても、MLは「『Toc ngan 2』が1万人にしか売れなくても(『Toc ngan 1』は発売1カ月だけで1万2,000枚の売り上げ)その1万人は好奇心や流行で買ってくれたのではなく、本当に『Toc ngan』を気に入ってくれた人たちなんだから」と平静だ。新しい家を建てたばかりで家族の財政状況にも余裕はなくなったが、MLは自費を投じてビデオ『Toc ngan』を作ることに決めた。2枚のアルバムから8曲を選んだ。MLによれば、このビデオはファンへのプレゼントであり、『Toc ngan』の完結編であるという。「そう、『Toc ngan 3』は出しません。でも『Toc ngan』路線を行くことに変わりはありません。私の音楽路線上でQuoc Trung、Hoai Sa、Le Quangなどの作曲家たちに出会いました。これからは、Anh QuanやHuy Tuanの歌だけではなく、彼らの歌も歌っていきます」


2001/1/7-1/13
●2000年ベトナム作家協会賞[1/13;NLD]
§小説部門
・A賞、B賞:ともに該当作なし。
・C賞:Le Minh Khue『tap Truyen ngan(短編集)』、Bao Vu『tap truyen ngan May nui Thai Hang(短編集:タイハン山の雲)』。
§詩部門
・A賞:該当作なし。
・B賞:Hoang Tran Cuong『Tram tich(詩集:沈澱)』。
・C賞:Le Thanh Nghi『Mua trong thanh pho(詩集:街の雨)』、Gia Ninh『Nhat lai thoi gian(詩集:時間拾い)』。
§批評部門
・A賞:該当作なし。
・B賞:Nguyen Van Dan『Nghien cuu van hoc‐ly luan va ung dung(文学研究‐理論と応用)』
§翻訳部門
・A、B、C賞:ともに該当作なし。

 毎年読者はベトナム作家協会賞の発表を楽しみに待っている。恐らくこれがベトナムでは最も重要な文学賞と言えるからだろう。一時期を除いて22年間、毎年1回、詩、小説、批評、翻訳の4つの部門で受賞作品を発表してきた。2000年の今回、翻訳部門に受賞作が1つもなかったことは世論を驚かせている。というのもこの数年、多くの翻訳作品が出版され本屋の棚にもあふれているからだ。実際、今回もクンデラの『3つの小説(Pham Xuan Nguyen訳)』が最終選考まで残っていたが、結局執行委員会により「作家クンデラには問題がある」とされて受賞を逃した。クンデラはチェコ出身の作家だがチェコスロバキアでの政治的変動の後、祖国を捨てパリで暮らしている。既に多くの作品がベトナム語に訳出されているが、『小説を書くこと(Nguyen Ngoc訳)』と『不死(Pham Xuan Nguyen訳)』の2作が有名。『不死』はベトナム作家協会発行の雑誌『外国文学』に初めに掲載され、その後『3つの小説』に収録された。受賞を逃がしたとはいえ、同協会では翻訳者の労を多として賞金を贈る予定という。


2000/12/31-2001/1/6
●2000年のベストドレッサー各賞発表[雑誌『Mot Viet Nam』1月号]
 雑誌『Mot Viet Nam(モード)』編集部は2000年12月22日、有名デザイナー、ファッション専門記者などの参加を得て、2000年のベストドレッサー各賞の選考会を行い、各賞の受賞者を次のとおり決定した

・ベストオリジナルスタイル(Phong cach)賞:Hong Anh(女優)
・ベストモード(Mot)賞:Lam Truong(男性歌手)
・ベストエレガント(Lich su)賞:Anh Tu(男優)
・ベストインプレッション(An tuong)賞:Phuong Thanh(女性歌手)

Hong AnhLam TruongAnh TuPhuong Thanh
左からHong Anh、Lam Truong、Anh Tu、Phuong Thanh
(雑誌『Mot Viet Nam 2001.1月号』から)


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